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新任・若手・女性研究者☆『学術研究』という旅の始まり
~学術情報センター便り~
学術情報センターでは、先生方の研究のこと、ゼミのこと、研究者になる前のご自身のことなど、様々なことをお聞きし、アカデミックな中にも、人間味あふれる話題を記事にまとめたいと思っております。
さて、第3回目は経済学部、岑昕専任講師にお話を伺いました。
(第1回目 魚住香子教授 リバプール発 英文学者が見たイギリスはこちら)
(第2回目 佐野訓明教授 サイエンス・カフェ オープンはこちら)
岑先生の専門は、地域貿易協定、国際労働移動、海外直接投資です。今年度4月に神戸国際大学に着任されました。
まずは、ご出身大学のこと、次に日本の感想、言葉のこと。そしていよいよ研究テーマのことを伺います。続けて経済学の魅力を行動経済学の紹介も含めて話していただきました。経済学がとても身近になります!
また今回もインタビュー最後に岑先生の推し本を紹介させていただきます。最後までどうぞお楽しみください。♪

岑先生は、中国のご出身でいらっしゃるのですね。
『はい。大学は杭州市にある浙江大学で、実家はもっと内陸の四川です。』
日本に留学された理由は何ですか?
『中国からの留学生の多くがそうなのかもしれませんが、日本のアニメや音楽が大好きで、日本に興味があったからです。それと両親が、欧米に行くより日本に行くほうが四川の実家から近いので安心するからです。実家から杭州市までは飛行機🛩で2時間、関西までは🛩3時間半ほどで来ることができます。まずは半年間、大阪大学の研究生として勉強しながら複数の大学院入試に臨みました。その中で、ご縁があって京都大学の指導教員に出会い、京都大学🏫に進学することを決めました。私の学術の旅はそこから始まりました。』
では、岑先生の旅をじっくりとご紹介いただきましょう。
聞き手 学術情報センター 吉中 +++++


👉:浙江大学は中国で最も早く創立された四大学府の一つであり、北京大学や清華大学に次ぐ名門校としてその名を広く知られています。浙江省の省都である杭州市に位置し、中国最大の都市上海に近接しています。1897年に設立された「求是書院」を前身とし、1928年に「国立 浙江大学」となりました。のちに単科大学に分かれ、浙江大学、杭州大学、浙江農業大学および浙江医科大学としてそれぞれ発展しましたが、1998年にこれら4大学が統合し新たな「浙江大学」となりました。2009年から学部制に移行し、人文学部、社会科学学部、理学部、工学部、情報学部、農業生命環境学部、医学部の7学部を有します。
歴史と規模、スケールの大きさを感じますね。
日本はいかがですか?
京都はいかがですか?
『静かで文化的で、とてもいい街だと思います。特に鴨川デルタあたり。桜の季節はとてもきれいです。神社では貴船神社。雪で真っ白になった景色は素晴らしかったです。ただ、浙江大学のあった杭州市と同じく、京都は蒸し暑くて寒いです。(笑) 実家のある四川は内陸なので、緯度は低いのですが、そんなに暑くはありません。』





神戸はいかがですか?
『まだそんなにあちこちへは出かけていないのですが、神戸は海があっていいですね。四川も杭州も京都も海がなかったので新鮮です。』

ぜひ、神戸のいろいろなところにお出かけください。海と山が近いので一日のうちに必ず海風と山風が吹き、暑すぎず、寒すぎず、温暖な気候です。そうですね。元町には中華街もあります。ぜひ、食べに行ってください。岑先生は辛いものがお好きですか?
『辛いものは好きです。ですが、日本の和食は大好きです。中でもあっさりとしたスープのものが好きです。例えば、鯛茶漬けとか・・・ひつまぶし。美味しいです!(笑)』





日本に来て驚かれたものはありますか?
『日本は外出先でゴミを持ち帰ります。驚きました。それとエスカレーターですね。右?左?場所によって違いますか?歩かず乗っている人の列があって、歩く人のために反対側の列をあけていることにとても驚きました。中国ではエスカレーターでは歩きません。あとは、電車が時間どおりに来ます。ドイツにいる友達は平気で1時間遅れると言っていました。電車の中も静かだし、快適ですね。』
日本語はどうですか?
大阪、京都、神戸と関西弁エリアの中で過ごしておられますが日本語はどうですか?
『浙江大学の3年生のとき、日本に留学することを決めて日本語の勉強をしました。日本語能力検定のN1をとりました。日本語はとても難しいです。日本語と比べると、英語のほうが少し簡単に感じました。英語の文法はそれほど難しくなくて、語彙を当てはめるだけである程度しゃべれました。話すときにあまり考える必要がありません。ですが、日本語はそういうわけにはいきません。動詞の変形、尊敬語などが特に難しいです。ヒアリングは確かに関西弁ばかりですね。東京の人や、東北の人、九州の人など、まだそんなにお話したことはありません。中国でも、同じように地方により言葉の違いはあります。大学時代、上海や浙江省の友達が多くて、彼らの話す呉語方言は内陸の四川省の言語とは全く異なるため、基本的に理解ができませんでした。特に、浙江省にもいくつか方言があって、同じ浙江省出身でもお互いの方言がわからない場合がよくありました。これは驚きでした。』
岑先生の話される日本語は、時折聞こえるしゃべり初めの息の音、一瞬遅れて母音が追いかけてくるリズムが何とも言えず中国語の空気を纏っていて、とても印象的です。
岑先生の研究テーマは?
さて、研究のことにお話しをうつします。まず大学で経済を専攻されたのはなぜですか?
『浙江大学は、文系の学部がふたつに分かれていました。ひとつは、経済・社会系。もうひとつは、人文・言語系。私は経済・社会系を選び、進学しました。その中で、経済学を専攻しました。文系でしたが、数学が好きで、数学に触れることができる経済学を選んだんです。数学はとても整っていて、かっこいいです。』
私も数学はとても美しいと思っています。「整う」という表現はかっこいいですね。今後私も数学を語るときにぜひ使わせていただきたいです。特に、岑先生は研究にAIを駆使されていますね。AIは数学者の知の結集ですね。
岑先生はデジタルネイティブ世代ですか?
『いいえ。スマホを持ったのは高校生の時でした。大学でデジタル環境にどっぷりと浸かり、日本に来て研究生活を始めてから本格的に使うようになりました。技術の進歩で、膨大な量の実験対象のテキスト分析が可能となり、様々なことがわかってきました。』
ぜひ、岑先生の研究テーマ、地域貿易協定・国際労働力移動・海外直接投資等につき教えてください。
『世界では、法律や関税等が異なる国と国の間で、交流するために共通のルールをつくります。通常であれば一般的なルール(WTO、世界貿易機関)をつくりますが、交流を活発にしたいという両国の思いがあれば、条件を緩くしてルールをつくろうとします。これが地域貿易協定です。また、国と国の交流の中には、「人」の移動(サービス貿易の移動、国際労働者の移動)があり、「もの」の移動(ものの国際貿易(ものの輸出、輸入))があり、「お金」の移動(海外投資)があります。地域貿易協定がこれらの交流にどのような影響を与えるかが重要な課題となります。私は今、「地域貿易協定」と「国際移民」の関係について、二つの研究を考えています。一つはクラスタリングの手法を使って地域貿易協定をグループ分けすることです。クラスタリングとは、あるデータをなんらかの規則に従ってグループ分けすることです。地域貿易協定には大量の条項が含まれており、アルゴリズムを用いて、似た条項を持つ協定と持たない協定、また異なる条項を持つ協定を別々のグループに分類します。この研究の結果として、「査証・庇護」条項が移民を強く促進し、「労働市場規制」条項は政策分野によって必ずしも国際移民を促進するわけではないことが分かりました。労働市場規制は移民の送り出し国の労働市場も規制するため、本国の労働環境が改善され、移民することに対する魅力低下があるのかもしれません。この研究では国際移民と関連する協定文のみを使用します。対象となるのは124個の協定文です。もう一つの研究はテキスト分析です。この研究はまだ構想段階であり、具体的な作業や結論はまだ出ていません。協定のテキスト内に含まれる「(移民に対する)積極的な」と「消極的な」キーワードの辞書を機械学習により構築し、各協定のキーワードの出現頻度に基づいてスコア化し、地域貿易協定のテキストデザインが国際移民に与える影響を分析したいと考えています。』
テキスト分析の可能性にはとても興味があります。岑先生の研究、とても楽しみです。私の感覚ですが、街を歩いていると「人」の移動を身近に感じますね。外国人労働者の増加です。留学生の資格外活動であるアルバイトや、技術・人文知識・国際業務、また技能実習、今後は特定技能と様々な在留資格で働いていらっしゃるのだと思いますが、私たちには区別がつきません。ですが日本の政策、相手国との関係性、労働環境問題等、様々なことが絡み合って社会現象となるのでしょうね。

『そうですね。私はここ日本で、この二つのテーマをもっと掘り下げて研究したいと考えています。特に近年、日本とASEAN(東南アジア諸国連合)との間で結ばれた協定が多いため、それらの協定が日本と来日した東南アジアの労働者にどのような影響を与えるかについても興味深い問題だと思っています。』
「経済学」の魅力とは?
研究者である岑先生が考える「経済学」の魅力とは何でしょうか。
『経済学には、理論と実証があります。
まず、理論ですが、経済理論のモデルでは複数の一見複雑に見える事象の中から共通性を見出し、一般化することで経済活動を予測可能にする視点を提示します。
次に実証では、理論モデルに基づく仮説を検証することにより理論の正しさを証明したり、理論では説明できない新たな事象を発見することで経済学の領域を拡張することができたりします。経済学には日々新しい知見が生まれ、私たちの生活がより豊かになることを目指す知恵を提供してくます。私たちの生活を豊かにすることを目指す研究がとても楽しいのです。
また、昔の理論では、「人は経済的に理性的かつ合理的である」と仮定され、「経済人」と呼ばれます。すべての条件が提示された場合、最も良く、最も効用(満足度)が高い選択を必ず行うと考えられています。 ところが今は、人には感情があって、その時の気分で選択が異なる。という理論があります。行動経済学といいます。心理学と結び付けて、人々の行動を実験で記録し、より現実に近い分析を行います。経済学はどんどん発展します。本当におもしろいです!』
行動経済学ですか。俄然、人間味が出てきましたね。♡
『行動経済学は本当に私たちの生活に非常に関連していますね。例えば、プロスペクト理論(prospect theory)という心理学者のダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーが提唱した有名な理論があります。これは、人々が利益を得るよりも損失を避けることに強く反応する傾向を説明しています。』
確かに。私もハイリスクは、選択しません。⚠
『こういうシナリオを一緒に考えてみましょう。無条件で10万円もらえるのと、50%の確率で20万円もらえると、皆さんはどちらを選択したいですか?多分、確実に10万円をもらえるほうが安心ですよね。実際には「理性的な経済人」にとって、この二つの選択肢は同じ意味を持ちます。後者の期待収入(確率×収入=50%×20万=10万)は前者と同じです。しかし人は、もしかしたらもらえないリスクを回避したいので、前者を選択しやすいのです。では逆に、無条件で10万円を損失するのと、50%の確率で20万円を損失すると、皆さんはどちらを選択したいですか?今回は逆に後者を選択したいですよね。当然、「理性的な経済人」にとっては二つの選択肢は同じ意味です。期待損失(確率×損失=50%×20万=10万)は前者と同じですから。この現象はよくセールスプロモーションでも見られます。例えば、スーパーで「期間限定、今日だけ20%オフ」というセールをしているとします。普段なら買わない商品でも、「今買わないと損する」と感じて購入することがあります。このようなプロモーションは、損失回避の心理を利用しているのです。』

なるほど。私自身、思い切り利用されていると思います。(笑)
『行動経済学は国際経済学とも関連します。昨今は、貿易自由化よりも保護主義に傾いていますが、これも人々の心理と関係しています。行動経済学で考えられている「現状維持バイアス(status quo bias)」です。現状維持バイアスとは、人々が未知のものや変化を避けて、現在の状態を維持しようとする傾向のことです。これにより、貿易自由化や国際移民などの未知の変化を伴う政策に対して、人は回避傾向となるのかもしれません。』
行動経済学、初めて知りましたが、岑先生のお話の内容は、ほぼ身近に思い当たるものばかりでした。経済学では行動を決定する際の心理学も研究されているのですね。関係するかどうかわかりませんが、私は夜🌙に寝ないで決めたことは、しないようにしています。(笑)ところで岑先生も気分で研究に行き詰まることとかあるのですか?
『私も、ゲームして遊びたいとか、やる気がない、ということはあります。旅行にも行きたいし、地方の美味しいものも食べに行きたい。そういったときは、⌛25分間集中法をします。やる気がなくても、25分は集中する努力をします。で、5分間休憩する。次にとりあえずまた25分間やってみるんです。そうすると、集中し始めて、1時間でも2時間でも研究ができる時があります。それでもダメなときは。。。。。』
岑先生、ゲーム🎮がお好きなのですね。(笑) 25分間集中法、私も一度試してみたいと思います。
今回、岑先生がこのインタビューを受けてくださるにあたり、お好きな本を紹介いただきましたところ、
「劉慈欣作 三体シリーズ」を挙げてくださいました。ジャンルはSFですが、中国全土でジャンルを超えた社会現象になり、中国国内の様々な文学賞を受賞。ケン・リュウによる英語訳版ではヒューゴ賞長編部門を受賞。作品が持つ稀有な世界観に圧倒される作品となっております。岑先生は中国語で読まれたそうですが、神戸国際大学図書館には早川書房からでている和訳版がそろっています。今回お話させていただいた岑先生にぴったりのイメージの推し本です。ぜひ皆様、一度手に取ってみてください。長編で、最初は読破できるかなと思いますが、読み始めるとやめられなくなります。

学術情報センターだより、第三回目は岑昕先生にお話を伺いました。経済学について熱く語ってくださった姿と、研究をしなければならないのにどうしても遊びたいときの対処方法を話してくださった姿のギャップが大きく、それがまたとても魅力的でした。デジタルを駆使した分析で、「人」の「知恵が発展」することに惹かれ、自らの研究をさらに深めていこうとされているエネルギーをものすごく感じました。岑先生の学術研究の旅が実り多きものとなりますよう、益々のご活躍をお祈りいたします。ありがとうございました。